■
僕はまた病院に走って向かった。君が病院に運ばれたのはこれで2回目だ。
ステージの上での君は輝いていてまるで隙がない。でも僕だけは知っている。君は本当は繊細で尊い存在だって事をでもそれを伝える資格は僕にはない。
おそらく今日は入院になるだろう、僕は読書が苦手な君でも簡単に読める短編集を持っていくことにしたこれで少しは暇つぶしになるだろう。そして花が好きな君に一輪の向日葵を、きっと花言葉までは知らないと思うがこれで真っ白な病室も彩るだろう。それとコンビニで買った桃のゼリー。
「大丈夫?」
「来てくれたんだ」
「今日はどうしたん?」
「ちょっと無理しすぎたみたい」
「そっか」
疲れ果てやつれた君はそれでもなお輝きを放ち美しい。許されるなら時を止めて閉じ込めたい。そしたらもう君が傷つくことはないはずなのに、そして、でもそれは言わないでおこう。
君は世に言うトップアイドル、誰もの憧れであり、僕はただのサラリーマン。釣り合うはずもない。何故今日も見舞いに行けると言うと単純な話だ。君と僕はたまたま同じ町に生まれたまたま近所に住んでいた。あまりこの言い方は好きではないが幼なじみと言うやつだ。君は15の頃には芸能界に入り僕は就職の為上京した。再開の時はすぐ訪れて画面の先で見てた彼女は遠く感じたが、会うとあの頃の僕らにすぐに戻り何度も思い出話を語り合った。勿論恋愛禁止だし彼女にもその気はまるで無いだろう。僕にもそんな気持ちはないしLOVEと言うよりはLIKEに近い大切な人だがそれ以上は思ってはいけない。今日のお見舞いも彼女の両親はすぐには地元から出てこられないから僕が代わりに来たのだ。
病室にはマネージャーやメンバーはいなかった。もう帰ったのだろう。それに僕も一応男だ関係を怪しまれてはいけない、ちょうど良かった、いや、敢えてこの時間を選んだところもあるだろう。
彼女は気の毒だがこうして理由をつけて会えるのは嬉しいものだ。堂々と会いに来れる
「これ」
「向日葵?綺麗、ありがとう」
「あとこれ」
「本?わたし本読めないよ」
「大丈夫、簡単なのにしたから、暇でしょ、面白いから読んでみて」
「あー、うん、わかった」
「あんまり無理すんなよ」
「うん」
彼女は彼女の意思でアイドルになった訳ではない。彼女の先輩が勝手にオーディション先に書類を送ったらしい。そしたら順調に選考をクリアして今ではセンターを任せられている。もともと才能があったのだろう、まあ才能という言葉で簡単に終わらせるのは酷な話であって陰ながらの努力、誰も知らない茨の道を歩いてきたことを僕は知っている。
「あとこれ、食べれたら食べて」
「ありがとう、今これ丁度食べたかったんだよね、よく分かったね」
「ああ、何となく分かったよ」
本当は君が何を食べたいかをコンビニで5分は悩んだ。桃が好きなのは知っていたが逆に他の人と被ってしまう可能性もあったしもう飽きてしまってる可能性もあった。当たって内心ほっとした。君は本当に桃が好きだ。僕の覚えている一番古い記憶ではお正月に集まった時だ。その時もまるで季節では無いのに桃を食べ続けていた。旬のみかんがあるのに僕は旬とかは全く知らなかったけど甘く大きなみかんを食べながらよく食べるなって思っていたのを覚えている。別に桃のことが嫌いな訳ではないが特別好きでは無い。でも君が好きなものは僕も好きではないとならない気がしていた。何故だろう、君をきっと否定したくなかったんだと思う。
「ももまだ好きなの?」
「好きだよ」
「よく飽きないね」
「好きなものって飽きたりするの?飽きないから好きなものなんじゃない?」
確かにそうなのかも知れないし恋愛もそうなのかも知れないと思った。好きな人が沢山いる人がいるがあれはどうしても理解が出来なかった。好きな人はずっと好きだし嫌いな人はずっと嫌いだ。その思考は僕らが幼稚なのだろうかでも変わらないものは変わらないのだ。君は今日も輝いている。君の事を思うと生きてる事を実感出来るのは何故だろう。この気持ちは一体なんだって言うんだろう。
「どうしてきてくれたの?」
「どうしてって、それは」
「ん?」
「それは」
「ん?」
「たまたまだよ、たまたま仕事がはやかったからさ、うん」
「そう」
君は全てを見透かしたような目でこちらを見ていた。君の前では隠し事は無駄なような気がした。でも今の君に全てを伝えることは出来ない。きっと出来ない。いつかは本当は伝えないといけない事だけどそれはきっと今では無い。
「それじゃあもう行くね?」
「もう帰っちゃうの?もっと話そうよ」
「いいけど、体大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ無いけど、もし今死んでもそれはそれでもいい」
「死ぬ?何だよそれ、そんなに悪いの?」
「ううん、そんな事は無いいんだけどさ」
「何だよそれ、じゃあ死ぬなんて簡単に言うなよ」
「うん、ごめん、でももし死ぬ時は誰かが居る時に看取って欲しいんだよね、よく猫とかって死目を見せないって言うじゃん、でも私は許されるなら大切な人に最後にいて欲しい」
「そう、じゃあとりあえず体を良くして退院しないとな、そしてずっと長生きして大切な人を見つけないとだね」
「うん」
彼女はどこか寂しい目をしていた。その目にその時に気がついていたらもしかしたら未来は変わっていたのかもしれない。君は幸せにならないといけない人間なんだ。
*
あの頃の君は楽しそうに芝生をかけていた。青々しく整ったその世界に君はまるで一輪の花に見えた。
君はひとつ葉っぱをちぎり僕にそれを見せてくれた。
「四葉のクローバー」
「ん?」
「四葉のクローバーだよ」
「何それ?」
「知らないの?」
「持ってると幸せになれるんだよ」
「そうなの?」
「はい」
「ん?」
「あげる」
「いいの?」
「幸せになって欲しい人にあげるんだよ、植物はそうなんだって」
「そうなんだじゃあ僕もあげないとね、四葉のクローバー探してくる」
僕達はそのあと日が暮れるまで探したが見つける事は出来なかった、でもその時間はとても幸せなものだった、四葉のクローバーのおかげだろうか今度は僕が花を送る番だ。他人の幸せを願える君には誰よりも幸せになる資格がある。
僕は彼女を幸せにしないといけないその時何故かそう確信した。それがどんな形になっても君がどんな人になっても僕が真っ白な灰になっても護らないといけないのだきっと僕はその為に生まれてきたのだろう。
✳︎
僕は君の墓前に向日葵を一輪添えた。